パッカード

 

Packard

Packard
東久邇第四師団長宮殿下第一小学校御到着 防護団員奉迎
【出典元キャプション】

昭和10年の阪神防空演習の際,東久邇宮稔彦殿下が尼崎第一小学校(のち城内小学校、現在の明城小学校)を御訪問,防護団員が迎えます.

ヘッドライトカバーについて
キャプションから,この『統』の文字は『統監』を表すものと思われます.
国家元首は通常,軍の統帥権を持っており,戦前は天皇が統帥権を持っていました.で,皇族が演習にお越し=統帥する=統監となるわけです.つまり,このライトカバーは「大親分が乗ってるぞ!」という意味です(笑 (ポンコツ)

いまでも自衛隊の演習などで前窓に丸に統の文字の書かれた紙を貼っている公用車をよく見かけますが,あれって伝統のあるものだったんですね.余談ですが他には“マル演”や“マル訓”も見かけました.(biscayne60)

撮影場所尼崎第一小学校(現明城小学校)正面玄関前
現在―尼崎市南城内10
昭和10年(1935)
昭和十年度阪神防空演習 記念写真帖
Packard
昭和10年12月4日・尼崎第一発電所に東久邇宮稔彦王殿下台臨
【出典元キャプション】

撮影場所関西共同火力尼崎第一発電所
撮影時―兵庫県武庫郡大庄村末広町1丁目2番地
現在―尼崎市末広町1丁目
昭和10年(1935)12月4日
関西共同火力発電株式会社事業史
昭和16年(1941)4月25日
関西共同火力発電株式会社事業史編纂事務所発行

パッカード スーパー・エイト

1935

Packard Super Eight

1935 Packard Super Eight
「芦屋市内にあった外車」
昭和初期のころ,市内実業家所有の外車(パッカード).
【出典元キャプション】

写真は前後ドアともに後ろヒンジの所謂スーサイドなので1935年式.(1936年式からは観音開きになるとのこと.)(biscayne60)

芦屋のお屋敷のパッカード,35年のスーパーエイトでスペアを横に載せているのでリムジンのように思えます.(ポンコツ)

パッカードの1枚目の写真ですが,1935年スーパーエイトと思われます.後部の形とヘッドライトが35年以降,グリルの直立具合が35年以前で,前ドアが後ろヒンジですので35年と思います.翌年からは観音開きになります.また,12気筒(トゥエルブ)とはサイドルーバーの形状が異なりますのでスーパーエイトではと思います.
日本へ入ったパッカードはフロントのペリカンのマスコットが外されていたのが多かったようですが,この車は付いていますので貴重です.(いんぐり)

撮影場所芦屋市内の邸宅前
兵庫県武庫郡精道村
編者によると,昭和初期
芦屋のうつりかわり 市制施行50周年記念写真集
平成2年(1990)11月10日/芦屋市発行
1935 Packard Super Eight

クロヌリが3台も連なっているが,国の役人の視察でもあったのかも知れません.

この車両も前のドアハンドルが日傘の婦人で隠れているのと後ドア前端にヒンジが見えるのでやはり1935年式,バンパーからスーパーエイトではないかと思われます.(biscayne60)

先頭車はバンパー,ボディは35年ですが,顔が37年の傾斜型です.二台目はもっと怪しく,グリーンハウスが絞り込まれていないボディは33〜34年,顔はライトとグリルの前後位置関係から,35年辺りのようです.(ポンコツ)

撮影場所芦屋市内,市役所前
芦屋市精道町
編者によると,昭和25年(1950)9月頃
芦屋のうつりかわり 市制施行50周年記念写真集
平成2年(1990)11月10日/芦屋市発行

パッカード

1949-1950

Packard

1949-1950 Packard
函館市繁華街
【出典元キャプション】

手前のバスは日産の顔です.左右二分割のグリルが六本線なので390系だと思います.ただ日産なんですがボンネット横に丸いエンブレムらしき物が見えるので,OEM供給のエンジンを載せたディーゼル車かもしれません.(この頃は、民生だけでなく三菱からもディーゼルエンジンを供給されています)
そういえばボディは門外漢ですが,三本の側面リブが旧い三菱っぽくも見えます.390系は'52のデビューですので,昭和27年以降の撮影でしょうか.(ポンコツ)

撮影場所函館市内
函館市
昭和27年(1952)〜32年(1957)頃
写真で見る日本 8 北海道篇 一 (道南)
昭和32年(1957)1月25日(初版)/日本文化出版社発行
掲載写真は昭和34(1959)年2月10日発行の6版から読取り