フォード クレストライン サンライナー

1953

Ford Crestline Sunliner

1953 Ford Crestline Sunliner
渡り初め
【出典元キャプション】

衣浦大橋は,半田市と高浜市の間の衣浦湾に架かる,わが国初の海上橋です.昭和27年(1952)着工,昭和31年(1956)年1月完成,同2月1日より有料道路として供用を開始しました.

2台目は1952年式キャディラック.その次は1951-52のパッカード.

同橋は昭和43年(1968)4月に無料開放されましたが,その際の記念パレードは,2代目クラウン・3代目クラウン・初代セドリックなどで占められました.〔参〕半田市誌 資料篇IV 237P

撮影場所衣浦大橋々上
半田市亀崎
昭和31年(1956)1月27日
半田市誌 資料篇IV
昭和49年(1974)2月28日/半田市発行

フォード

1953

Ford

1953 Ford

石切のヘルスセンターと呼ばれた“石切五洲閣”の広告から.

怪しく不自然な画像,もともとはパンフレット用か何かに作られた「人着カラー」の写真ではないでしょうか.目立たせたい被写体に筆を入れ、背景はコントラストを落としてぼかす手法は,よくあるパターンでした.(ポンコツ)

この最初の観音開きクラウンは,好きなクルマの一つです.やはり“鯉のぼり顔”のオリジンでは代用にはならぬ真のクラシックと思います.フロント・ウインドシールドが2分割なのは、スタンダード(RS)ではないでしょうか?ただし、本来は無いはずのフードのマスコットはオーナーの好みで追加したのかな?と思われます.
このRSは,完璧な個体をトヨタ博物館で見たような記憶があります.このスタンダードとデラックスは一見して判るので,昔はスタンダードを購入してマスコットとモールを追加して白タイヤを履かす例が案外多かったのかも知れませんね.(biscayne60)

観音はRSでしょう.RSD(デラックス)は登場時からフロントは一枚物の青ガラスです.モールやマスコットは後年の追加かと.
この時代はタクシーも改造が多く,中でも代表的なのが白帯.
スカイラインDxのクライスラー風の塗り分けサイドモールから始まって,客付きが良いと噂が出たらしく,改造車が続出しました.
確認できた車種だけで,プリンスセダン(AISH-2),クラウン(RS),ダットサン(113?)が,偽スカイライン帯を付けて営業していました.(ポンコツ)

撮影場所石切五洲閣玄関
撮影時―枚岡市
現在―東大阪市上石切町
昭和31年(1956)〜34年(1959)頃
第一版 大阪紳士録 石切五洲閣広告(部分)
昭和34年(1959)4月1日第一版/大阪図書出版発行

フォード カスタムライン 4ドア・セダン

1953

Ford Customline 4-door Sedan

1953 Ford Customline 4-door Sedan
アメリカの車 フォード クレストライン
【出典元キャプション】

4ドア・セダンなのでクレストラインは誤りです.(Clipper)

撮影場所恐らく,東京都内
昭和28年(1953)頃
岩波写真文庫94 自動車の話
昭和28年(1953)9月30日(第1刷)/岩波書店発行
掲載写真は
昭和63(1988)年10月28日発行のワイド版(第1刷)から読取り
inomamo氏 (Imabuchi Motorpool)
1953 Ford Customline 4-door Sedan

周りの国産車と比べると,縮尺の違う模型のように見えます.(Clipper)

撮影場所新阪急ビルディング 地下3階駐車場
撮影時―大阪市北区梅田8番地
現在―大阪市北区梅田1丁目12-39
昭和37年(1962)頃
阪急不動産10年史 (部分)
昭和39年(1964)1月23日/阪急不動産(株)発行
inomamo氏 (Imabuchi Motorpool)
1953 Ford Customline 4-door Sedan

フォードの右側はスチュードベーカー.左端は'50ポンティアック,その隣は'52シボレーのようです.(Clipper)

撮影場所モッシェビルディング前
撮影時―神戸市生田区京町
現在―神戸市中央区京町67-2
昭和28年(1953)〜34(1959)頃
六十年の回顧 1959
昭和34年(1959)2月16日/(株)竹中工務店発行

フォード メインライン 2ドア・ワゴン

1953

Ford Mainline 2-door Wagon

1953 Ford Mainline 2-door Wagon

京都の渋谷〔しぶたに〕街道沿いにて.車の後方に見えるの道標は,明治13年建立.道標には 右火葬場 左山科大津道とあります.(Clipper)

撮影場所渋谷街道,火葬場道との分岐点
京都市東山区清閑寺山ノ内町
昭和34年(1959)6月14日
個人蔵写真(プリントサイズ:88.5mm×62mm)
inomamo氏 (Imabuchi Motorpool)